大阪地方裁判所 事件番号不詳 命令
〔抄録〕
刑事訴訟法第二二六条による証人尋問調書開示問題についての当裁判所の見解
弁護人は、本件第一回、第二回、第五回各公判において、本件各証人尋問調書を含む検察官所持の全証拠の開示を要求し、第一二回公判において検察官申請の本件暴行事実の存否に関する証人の取調終了後、裁判所から右事実に関する立証を促された機会に、再び本件各証人尋問調書の開示を要求し、これに対し検察官は、終始右各尋問調書の取調べを請求する意思がないことを理由に、その実質的理由に何ら触れることなく、右開示を拒否してきました。こうして、本件各尋問調書開示の問題について、当事者の意見は全く対立し、当事者の自治的解決は不可能であると考えられますし、裁判所による勧告も、検察官によつて拒否されれば、(現在までの検察官の態度にてらし、拒否することは明らかです。)それまでのことである以上、いたずらに裁判所の権威を失墜するおそれなきにしもあらずと考えられますので、ここに次のとおり見解を表明し、訴訟の促進をはかりたいと思います。
(1) 裁判所は訴訟を主宰する地位にあるものとして、訴訟を迅速に、かつ十分にし、法の理想を実現すべき職責を有するのであり、右職責遂行のための固有の包括的権限として訴訟指揮権をもつています。それはもちろん法規に則つて行なわなければなりませんが、必ずしも、その明文の規定に準拠しなければならないものではありません。個々の訴訟において具体的に妥当な進行をはかるためには、その事件の個性に応じた弾力性のある訴訟指揮が必然的に要求されるのであつて、かかる訴訟指揮の性質上広い裁量の余地が認められなければなりません。
現行刑事訴訟法が、一般的に合目的と考えられる手続の進行を規定し、裁判所その他の訴訟関係人がこれに従うことを予定し、手続の合目的性を客観的に担保しようとしていることは否定出来ず、かつ同法上明文の規定のない場合における訴訟指揮権の有無、範囲、内容についての一般的準則を規定していないのでありますが訴訟指揮に要求される合目的性と法的安定性との調和を考慮するときは、裁判所は、法規に明文の規定がなくても、他の明文の規定に牴触せず、法の目的に適合し全体的法秩序を害さない限り、訴訟指揮をなし得ると解するのが、相当であります。
現行刑事訴訟法が当事者主義を強化し、裁判所を第三者の地位におくことを意図していることは明らかでありますが、当事者が訴訟手続についての指導と支配とを自分自身の手中におさめようと企て、法の真の目的である実体的真実を無視して、ただ訴訟に勝たんがための態度に出るようなことがあれば、その時こそ、裁判所は職権を発動し、当事者の右意図をくじき、裁判の目的が失敗に終らされることのないように訴訟指揮を含めて、可能なあらゆる手段を用いることがあつてもやむを得ないのではないでしようか。そしてこのような場合、裁判所は、訴訟指揮として法規に明定されていない命令を下し、当事者に右命令に従う義務を発生せしめることも可能であり、もしそうでなければ、裁判所はいたずらに拱手傍観し、最も重い責任を放棄したとの非難を免れることはできないと考えます。
(2) 証拠開示については、現行刑事訴訟法上、同法二九九条以外に明文の規定はありません。だからといつて右事実から直ちに同法が右条文以外の証拠開示を一切認めない趣旨であると断定することはできません。先ず、右条文以外の証拠開示が違法となる趣旨でない、いいかえれば現行法秩序を害さないものであり、かつ、右条文に反しないものであることは、現行刑事訴訟法の施行以来一般事件の殆んどにおいて、公判前に全部の証拠閲覧がなされてきたという従来の長期にわたる訴訟慣行の存在に徴しても明らかであります。そして、更にこのように一般化された長期にわたる訴訟慣行の存在は、検察官が従来証拠開示をあたかも私人が、その所持する書類を第三者に閲覧させるのと同様の純然たる恩恵的自由裁量行為とは意識していなかつたし、現在においては、客観的にとうていそのような行為とは評価し得ないことを示していると考えます。
本来、証拠開示は、形式的、或いは素朴な当事者主義即ち当事者は独立に証拠を収集し、攻撃防禦を行うべきで相手の手のうちをのぞいてはならないという主義によつてもたらされる諸弊害たとえば公判での不意打ち、公判準備の不足、争点の混乱、攻撃防禦力の実質的不平等による訴訟の遅延、真実発見の阻害等を除去しようとして発生したものであります。現行刑事訴訟法は憲法三一条ないし三九条の被告人の公平で迅速な裁判をうける権利、証人に対する反対尋問権の確保、適正手続等の諸規程をうけて、当事者主義、防禦権の強化を図つており、その趣旨が被告人を検察官と対等の地位において十分な防禦の機会を与え、検察官との論争を通じて真実を発見しようとするにあることはいうまでもありません。しかし、現行刑事訴訟法は、同じく当事者主義の構造をとる英米に比しても防禦権の保障はいまだ十分とはいえません。即ち、捜査官の参考人、被疑者の取調べに弁護人の立会権、知悉権が保障されてなく、勾留被疑者と弁護人の接見交通も必ずしも自由でなく、その上、旧刑事訴訟法と異なり、被告人側は捜査官に与えられた強大な権限に基づく収集資料の大要を何ら知る機会を与えられないまま、公判審理にのぞまざるを得ず、防禦に最も重要な捜査および起訴の段階で被告人側は非常に不利な立場に立たされているのであります。更にまた、公判審理においては参考人の検察官に対する面前調書が一定の条件のもとに証拠能力を付与されています。従つて、前記法の趣旨をそこなわず、これをできるだけ実現するためには、前記当事者主義による弊害の除去をはかり、ことに当事者の攻撃・防禦力の不平等をこれ以上そこなわないように、更には被告人側の防禦力を実質的に補強せしめることこそ最も肝要といわざるを得ません。そして、このように考えますと、証拠開示は被告人側の防禦力を実質的に補強する有力な一手段でありますから、現行刑事訴訟法が同法二九九条以外に証拠開示についての規定を設けていないのが、検察官に右条文以外の証拠開示義務を絶対的に負わせてはならないとの趣旨まで含んでいるものでないことは明らかであります。なぜなら、現行刑事訴訟法の前記趣旨にてらすときは、同法が検察官と被告人側との力の不均衡をこれ以上更に拡大せしめるような解釈を許すこと自体自己矛盾であり、とうていかような解釈はできないと考えられるからであります。
これを要するに、理論上も前記実務の慣行にてらしても、現行刑事訴訟法が同法二九九条以外の証拠開示を違法として排斥する趣旨でないことはもちろん検察官にその義務を負わせることを拒否する趣旨でもないと解せざるを得ないのであります。
(3) 果してそうだとすると、現行刑事訴訟法上証拠開示命令をなしうるとの明文の規定はありませんが、右(1)(2)により、裁判所は、訴訟の具体的状況にてらし、開示証拠の形式、内容、開示の時期、開示により予想され得る被告人、弁護人の利益と検察官の公訴維持上もしくは国の機密上被る不利益とを十分比較考量の上、必要かつ妥当と認められる場合、訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、証拠開示を命じ得る余地があり、右命令がなされたときは、これに基づき検察官において証拠開示義務を負担するといわなければなりません。
(4) これを本件についてみますと、弁護人の開示を要求している証拠は、いづれも刑事訴訟法二二六条に基づき作成された裁判官の証人尋問調書であり、その証人の氏名は、遠藤政夫、遠藤鶴子、真下春夫、古川八郎、浅裏隆であります。そして本件記録によると、右各証人は、本件犯行現場において本件犯行の有無を目撃し得たと考えられ、被告人が本件犯行事実を否認していることにてらし、本件捜査上はもちろん公判審理上まことに重要な証人であります。だからこそ検察官は刑事訴訟法二二六条により裁判官に対し起訴前の証人尋問を請求し、裁判官は同条により正規の手続を経た上証人尋問を施行し、記録は刑事訴訟規則一六三条により検察官に送付されたものと考えられます。もともと刑事訴訟法二二六条による証人尋問の方式、効果は、一般の裁判所による証人尋問と殆ど差異がなく、ただ捜査上の必要性から、弁護人の立会権、知悉権に制限が加えられているにすぎません。
従つて、捜査に支障を生ずるおそれがなくなつた現在においては、弁護人の知悉権に制限を加える必要は何ら認められないといつてもよいと思います。更に、検察官は右各証人を申請する意思はないと当公判廷で言明していること、弁護人が調書として申請するかも知れないとの意思を示してもなおかつ証拠を開示しようとしない検察官の態度に徴すると、各証人の供述内容は、一応被告人に有利で、検察官にとつて必ずしも公判維持上有利と思われない内容のものであろうと推定するに難くありません。そうすると、検察官が公益の代表者として、訴訟において裁判所をして真実を発見させるため被告人に有利な証拠をも法廷に顕出することを怠つてならないことは国法上の職責でありますから、特段の反対の事情のない限り、これを被告人に利用させる機会を与えることも当然の責務といわなければなりません。また本件犯行があつたとされているのは今日より約三年以上も前のことでありますから、現在右証人に記憶喪失や思い違いが生じている可能性は甚だ大であり、弁護人が証人申請をすべきかどうか検討して不必要な証拠を申請して訴訟の混乱を招くことのないようにするためにも、事案の真実をあやまりなく知るためにも、各証人の記憶の新しい時期になされた供述内容を予め知つておくことは、まことに有益かつ必要であると考えられます。なお、この点に関し、検察官は公判中心主義から、先ず証人として尋問した上調書閲覧の必要性を検討すべきだと主張するようでありますが、調書を閲覧するのは裁判所でなく、弁護人でありますから、公判中心主義と関係はなく、いずれ調書閲覧の必要性が生じるくらいであれば、証人尋問の前に閲覧する方が訴訟の促進の上ではるかに有益であります。これに反し、検察官は、本件各証人尋問調書を弁護人に閲覧させることによつて公判維持上いかなる不利益を被るのでありましようか。検察官は当公判廷で十分説明の機会を与えられ、裁判所に予断を生ぜしめるおそれのない段階に至つても、なおかつ、これが実質的理由について殆んど触れるところがありません。罪証隠滅、証人威迫のおそれは、被告人に有利と思われる本件各証拠についてその可能性があることは殆ど考えられませんし、その他国の機密、証人の名誉、秘密の保持、捜査過程の秘密保持等およそ証拠開示に考慮しうるすべての点にわたり検討しても、本件事案の内容、性質、証人尋問調書の形式内容にてらし、検察官において本件各証拠を開示することによる不利益は、これを考えることができません。もしあるとすれば、検察官において納得のいく説明をすべきでありましよう。そうすると、検察官は、何故弁護人の開示要求、裁判所の『具体的に証拠隠滅等の理由のない限り証拠を示してもよいと思う』との意思表示(第二回公判)にもかかわらず、開示を拒否し続けているのでしようか、その真意を理解するに苦しむものです。ただ、この種公安事件におけるこれまでの検察官のあまりにも当事者主義に固執したかたくなな訴訟態度にてらせば、検察官は、弁護人側のあくまで国実権力の行使方法に強い抗議を続ける態度に刺戟されてか、法の真の目的をはなれ、訴訟手続の指導権を検察官側に確保し、ただ一途に訴訟に勝たんがための態度に出ているやにもうかがわれないでもありません。裁判所はこれまで事件の個性に応じ、できるだけ公平かつ迅速に審理を進行するよう意を尽してきたし、今後もそのつもりでありますが、検察官の訴訟態度にも反省を要するものがあるのではないかと考えます。
(5) そこで、以上のような本件訴訟の状況、開示証拠の形式、内容、開示の時期、開示により予想され得る被告人、弁護人の利益と検察官の公訴維持もしくは国の機密上、被る不利益とを十分比較考量するときは、本件各証拠の開示は必要かつ妥当と認められます。
よつて訴訟指揮権に基づき、当職は、検察官に対し次のとおり命令します。
検察官は弁護人に対し、直ちに、裁判官の証人遠藤政夫、同遠藤鶴子、同真下春夫、同古川八郎、同浅裏隆に対する各証人尋問調書を閲覧させること。
なお、右命令は、最高裁判所昭和三四年(レ)第六〇号、同年一二月二六日第三小法廷決定と事案を異にする上、右決定自体証拠開示の理論についていまだ一般に十分な論議が尽されていなかつた時期のもので、本命令が右決定の趣旨に反する点があるとしてもやむを得ないと考えます。また、本命令の効力については、これが適法に確定した場合、なおかつ、検察官においてこれに従わないおそれは殆んどないと考えますし、万一これに従わないとすれば、検察官において本件公訴を誠実に追行する意思がないものとして、公訴棄却の措置をとる等、考慮しなければならないと考えます。
(山本久已 武智保之助 和田日出光)